現役ホテルスタッフによるダイナミックプライシングの話
最近どこのホテルも値上げしてますね。
ついにホテルAZですらも値上げするとのこと。これは事件ですよ、奥さん。
と、他人事のように言っておりますが、実は私の本業がこういった値上げを含むコントロールでありまして、ええ。最近ブログをろくに更新しておりませんでしたし、ちょっと語ってみたいと思います。
レベニューマネジメントとは
最近のホテルでは「レベニューマネジメント*1」という手法がすっかり一般的になりました。需要などに応じて客室の料金を変更し、収益を最大化させようという手法ですね。収益(レベニュー)を管理(マネジメント)するから「レベニューマネジメント」と言うわけです。そして私はそれをコントロールする仕事をしております。「レベニューコントローラー」であり「レベニューマネージャー」でございます。
ここまでで既に横文字が連打されておりますが、なにせ向こうから来た概念とか手法なわけで、向こうの言葉になるのはやむを得ません。元々はホテルというより航空会社あたりが起源の手法で、飛行機の座席は売れなかった場合、次の便に在庫を持ち越せません。100人乗りの飛行機の場合、今日1席も売れなかったとしても、次の便で200席売れるわけではなく、翌便は翌便でやっぱり100席しか販売できない。であるならば、ガラガラで「空気を運ぶ」と形容されるような日は少々割引してでも売ったほうが全体の売上は増えるだろう。逆に人気が予想され、申込み殺到で満席が予想される場合は目一杯値上げして売上の最大化を目指したい。
こうした特性はホテルも同様であり、コンサートやスポーツのイベントも一緒です。故に同じ手法が導入され、需要予測に伴って価格を動かすことから、こうした値付けを「ダイナミックプライシング」と言ったりします。動的値付けですね。「ダイナミック」とあるから「劇的」とか「過激」っぽいイメージをする人がしますが、「動的」です。100円とかこまめに動かしても、動的な価格変更であれば「ダイナミックプライシング」です。
ダイナミックプライシングとは
雑な言い方をすると、「動的」な「値付け」であれば「ダイナミックプライシング」なので、変動する料金制をとっていればダイナミックプライシングです。故に冒頭の話題にも出た料金固定のAZホテルは違いますし、平日料金と休前日料金*2の二段階制のような料金形態もダイナミックプライシングとは言えません。
あとはよくダイナミックプライシングの例として、年末のおせち商材、特にかまぼこなんかが話題になりますが、これも厳密な意味で言えば異なります。というのは、同一の商品が年末だけ高いのであれば、これは値付けの問題なのでダイナミックプライシングなのですが、かまぼこの場合は通常時と年末では商品自体が異なります。通常時ではスケトウダラやグチが原料なものが、年末ではエソとか甘鯛になり、安いかまぼこが姿を消し、高いかまぼこが並びます。これは値付けではなく、商品ラインナップの問題で、年末だけラインナップを動かすという「ダイナミックラインナップ」いわば「動的商品陳列」という表現が正しいかと思います。
ホテルでいえば同一の商品、例えばシングルルームの宿泊料金を日別に設定し、任意のタイミングで変更しうる料金制度がダイナミックプライシングです。料金が日ごとに設定されていても、曜日ごとのパターンで決まっていて、変更することがないのであればそれはダイナミックプライシングではありません。
ダイナミックプライシングの重要点
ダイナミックプライシングを行う上で最も重要な点は需要予測です。ある一日の売上は販売客室数×料金で決まります。料金を上げても、料金上昇以上に販売客室数が減れば売上は増えません。売上が最大となる料金を設定するには販売客室数の見込みが重要で、その見込みに需要予測が必要です。
需要予測には様々な視点があります。まずは曜日。例えば観光地は休前日の需要が高まります。何故なら、土曜から1泊2日の旅行を考える人が増え、その増加分が需要につながります。逆にビジネス需要が多い場所では、日曜に前乗り。月曜に週末までの方。そして火曜・水曜・木曜と宿泊が増える傾向があり、金曜日は翌日休日となる方が増えるためチェックアウトが多くなります。
あとは月のスケジュール。月初・月末のビジネス需要は増えづらい傾向があり、一方で月の真ん中、二週目・三週目の需要は伸びやすい。月初に月のスケジュールを組むため月初は身動き取れないことが多く、同様に月末も締め作業に追われ、出張などの業務は一般的に入りづらい。
そこに祝日要因が加わります。先に連休が予定されていれば、直前になんとしても仕事を終わらせようとする。つまり休み直前の水曜・木曜が混雑しやすい。また、週の真ん中に祝日がある場合、その週はまとまった仕事が難しくなるため全体的に需要は落ち込み、逆にその前後はの週はその反動で高需要になる。
あとは周辺のイベントなど。イベントには地域差があり、その場所の観光需要の兼ね合いもあるけども、一般的には春休み、ゴールデンウイーク、夏休み、秋の連休、クリスマス、年末年始、受験などがある。この中でも日付の決まっている全国的な高需要日があり、ズバリ言って2月24日のお出かけはおすすめしない。毎年2月25日は国公立大学の前期試験があり、試験会場がある地域は広範囲に需要が跳ね上がる。国立○○大学がある都市は注意だ。
お祭り関係なども高需要で、例えば札幌の雪まつり、青森のねぶた祭り、徳島の阿波おどりなんかはどうやったって混む。花火なんかも人気で、長岡花火大会も年々すごいことになってきているし、定番の隅田川花火大会も人気だ。
またフェスが決まればフェスの日程は宿泊施設でも混雑するし、人気のアーティストのライブが決まれば、周辺の宿泊施設の予約申込も当然増える。
最近でもこんなニュースがあったくらい。昔からジャニーズ系の人気グループは宿泊需要を左右するほどで、チケットの当落にかかわらず、とりあえず宿泊施設を確保するため、ライブの開催発表とともに宿泊需要が沸騰する。このニュースではSnow Manだが、昔からSMAP、嵐のライブ日程はプライスコントローラーにとって重要であった。ももクロも危険度Aで、地方自治体と連携してまちおこしライブもしてくれるのだけれど、まちおこしが必要なところというわけで、そもそも宿泊施設が少なかったりする。そうなると、その少ない宿泊施設に予約殺到大パニックだし、そういう宿泊施設にはレベニューマネジメントやらダイナミックプライシングに造詣がないし、宿泊需要があることがわかった時点で既に満室。料金を変更する余地がなかったりする。高需要日を予測し、その需要に合わせて料金を変更することがダイナミックプライシングの要諦なので、高需要がわかったところで、料金を変更する余地がないのであれば手遅れというわけ。
なので、需要予測は重要なわけだが、「宿泊予約が入る前に」需要を予測することが必要で、需要に応じた料金設定をあらかじめ行うことこそがダイナミックプライシングの効果を最大化するポイントだ。
レベニューとは
話を戻してレベニューマネジメントについて。繰り返しになるがレベニュー、収益の最大化のためにこれを行っている。その「レベニュー」が指すものだけども、必ずしも売上だけを指すものではない。評判であるとかブランドであるとかイメージであるとか。そういったものも「レベニュー」であり「収益」だ。
そのため、いくら売上が増えても、評判が悪くなったり、ブランドであったりイメージを毀損するのであればダメだ。売上とか評判とかブランドとかイメージを合計したものがレベニューであり収益。お金以上の何かを失うのであればアウトだ。
同様に長期的な視点も重要。ホテルは装置産業の側面もあり、移動ができない。移動ができないので短期的な収益を得て終わりというわけにはいかず、長期的な視点がどうしても必要になる。
ホテルを出店するにあたりその手法は大きく分けて2つあり、そのひとつがリースバック。オーナー企業に建物を建設してもらい、その建物を長期貸借で借り受けホテルを営業する。大家があり、家賃を払って営業する。もうひとつは自社所有。自社で資金調達・土地取得・建物建設を行う。前者の場合は損益分岐の最低限の目安*3は月々の家賃であり、後者はホテル建設費用と資金調達の金利の合計額を返済期間で割って月ごとの額にしたものとなる。
ちょっと古い資料ではあるものの、こちらにビジネスホテル御三家の目安の数字がある。
創業当初は30年固定だったが、今は主に25年である。
ビジネスホテルチェーン大手 3 社の過去20年間における高成長に関する考察
東横インは25年借り上げ。
1 つのホテル建物を建てるのに、現状では平均して自己資金40%、借入金60%で資金調達している。平均15年返済契約である。
ビジネスホテルチェーン大手 3 社の過去20年間における高成長に関する考察
ルートインは15年返済。まあいずれにせよサッと稼いでサッと店じまいするビジネスではない。
そうなると、いくら高値でも売れる高需要が見込まれるとはいえ、あまりに相場とかけ離れた値付けをするのは長期的な利益に反し、収益の最大化につながらない。特にチェーンホテルの場合、あるホテルのイメージが他の店舗に影響するため、なおさらブランドの毀損は収益の最大化に反する。
こんな話がありましたけど、見事に炎上しておりまして、ええ。客観的に考えて少々やり過ぎではないかと。
とはいえ、どこからがやり過ぎで、どこまでがちょうどいいかは難しい。例えばオリンピックが絡むと、どこの都市でも凄いことになるわけです。全世界から人が集まる巨大イベントだし、見に来る人だけではなく、働く人も集まる。見に行くのに都合が良いホテルは、働く人にとっても都合が良かったりするわけで、ええ。東京はアレだったけど、オリンピックに限らずサッカーのワールドカップでも同じこと。開催地の宿泊施設は高騰する。
選手にとっていつもと違うのは、地元の民家にステイできること。ウィンブルドンは郊外なので近くに大きなホテルがありません。その代わりに、近くの住民がバカンスに行っている間に、第三者に自宅を貸し出すシステムがあるのです。仲介の人が入り、ベッドルームの数、広さ、庭付きかそうでないかなどいろいろな条件で家を探し、ステイ先に選ぶことができるのです。
芝コート、民家への宿泊――ウィンブルドンに流れる特別な時間=杉山愛コラム「愛’s EYE」 - スポーツナビ
ウィンブルドンとかル・マン24時間、F1のヨーロッパラウンドなど、毎年固定で行われているイベントなんかだと、イベント前後の宿泊施設は高騰し、高騰する上で地元の人がある程度のお値段で自分の家を民泊に貸し出しバカンスに出ていく慣習があったりする。まあこういう毎年恒例のイベントであればある程度の相場があって、高いなりに秩序があるけれど、突発的なイベントの場合は相場が形成されていない。まして宿泊施設そのものが少なく、宿泊施設に対する急激な需要増加に慣れていない地域ではなおさらで、売上という目先の利益というメリットと、それを追い求めることによるブランドの毀損というデメリットのバランスを損ないやすい。
中庸でつまらない話だが、ほとほどの収益が一番という結論ということになりやすい。
料金を下げるは難し
料金を上げる方向の話が続いたが、本来ダイナミックプライシングという話であれば、需要が低いと予想される場合、料金を下げるべきだ。単価を下げて少しでも売上を取りに行く。ホテルにとっては空室は何も生まない。ただ空室で一日を消費するくらいであれば、料金を下げても売れるだけマシということになる。
とはいえ、料金を下げるのはホテルでは非常に難しい。というのも、ある時点で1泊7000円で予約した人が、同じ日程で1泊5000円で販売されているのを見つけたとする。こういう事例は一般的な商品ではよくあるケース。あとちょっと待てばセールでお買い得だったのに。あー、損した。
しかしホテルの場合はなんとかなっちゃう。7000円の予約をキャンセルして、5000円の予約を取り直せばいいのだ。もちろん直前の変更・取り消しであればキャンセル料がかかるリスクはあるのだけど、キャンセル料のかからない時点で行ってしまえば問題にならない。
ホテルの場合、何故これができてしまうかというと、予約成立自体で実態のある商品の受け渡しがないからで、例えば一般的な商品であれば購入契約が完了したら商品が届く。商品が届いてしまうので、その後にいかにお得な価格で販売されていても、合理的な理由をもって返品・買い直しをすることが難しい。ホテルの場合は宿泊契約なので、宿泊日の到来までは契約のサービスを受けていない。受けていないのだから返品も何もないし、キャンセル料という宿泊違約金の適用外の期間であれば、契約破棄・再契約も可能だ*4。
あとはある程度の宿泊料金は、ホテルのブランドやイメージの維持に必要という側面もある。いくら低需要の日程とはいえ、例えば1泊1000円にしたらどうなるか、という話だ。売上は増える。しかし失うものも増える。増える売上に見合わない面倒を抱えるのであれば、それもまた収益の最大化に反するわけだ。
そこに近年は人材難や人手不足、備品の仕入れ価格の高騰という要因が重なる。結論から言うと、同じ売上であるならば、売上室数が少ないほうが得になっている。例えば100万円を稼ぐ場合、1万円で100室と5千円で200室。金額が一緒だが、そこにかかる手間暇・コスト・人件費は200室のほうがかかる。このあたりの事情も最近のホテル代高騰の遠因で、安売りがあまり得にならないから安売りにならない。人件費や諸費用が安い時代はひたすら稼働を上げて、安売りで売上を得るやり方が正解だったが、人件費や諸費用が高くなった現在は安売りが得ではないのですよ。
ちなみに低需要が見込まれる場合、料金をどうするかという実務的な話だけども、「下げる」のが難しいので、最初から「上げない」。上げるから下げることになるので、下げる必要がないように上げないでおくのが割と正解になる。そのホテルの「最低限はこのくらい欲しいよね」「ブランド維持のために、このくらいの価格を最低価格にしておこう」という価格にしておく。仮に予約が増えて来た場合は良い意味で需要予測が外れたということなので、それはそれで良しとする。本格的に予約が増えてくるなら、そこから価格を上げていけばいいわけだし。
あとは秘技・スペシャルプランという荒業ね。通常料金を下げるとアレなので、期間限定とか室数限定のスペシャルプランを販売する。あくまでもこれは特別なプランなんですよ、特別な価格なんですよ、特別なこれを見つけた人は運が良かったね、得したね。とはいえ通常料金はそのままだから、通常料金で予約した人も損してないよと。応用で会員限定とかメルマガ会員限定とかもある。バレバレで安売りするとまずいから、こっそり安売りしましょうと。まあそういうことだ。
インバウンドが高値の原因なのか
さて、ここで少し話題を変えて。よくインバウンドが宿泊料金高騰の理由という言説を見かけるが、これは本当なのか。
私の答えとしては「一部は影響ある。しかし一部」というもの。影響はないとは言わないが、高騰の主因ではない。
その理由は統計を見れば明らか。
観光庁が宿泊旅行統計調査というものを行っている。ここに月々の日本人延べ宿泊者数と、外国人延べ宿泊数がのっている。
例えば第2次速報値が出ている最新の2024年11月はこのようになっている。
- 日本人延べ宿泊者数 42,326,450(74.1%)
- 外国人延べ宿泊者数 14,791,280(25.9%)*5
いわゆるインバウンドは約4分の1。これを多いと見るか少ないと見るかなわけだけども、そもそも日本人の宿泊で74.1%ある。前年同月比で見てもマイナス0.3%。あまり変化がない。安定的な数字と言える。この状況にインバウンドが流入したらどうなるか。元々混雑していたホテルは即満室になり、満室になったホテルには泊まれないから周囲のホテルに需要が広がる。周囲のホテルだって元々結構入っていたわけだから、料金も上げていくだろうし、それでも満室になる。そうなればもっと遠くのホテルにも……という結果が今の状況。そもそもの国内需要があって、そこにインバウンドが加わったからの結果というのが私の考え。
なのでバブルっちゃバブルだが、ちゃんとしたホテルはインバウンドに頼らずとも元々繁盛していたので、多少インバウンドがいなくなっても問題ない。困るのはインバウンド一本足打法のところで、25.9%のために74.1%を犠牲にしているわけだから、その報いはどこかで来る。私としては、なんで明確な多数を相手にせず、明確な少数にピントを合わせた商売をするのか理解できないが、まあそれも考え方なので、そういうビジネスもあるのだろう。とはいえ、ビジネスの継続性には疑問だし、長期的な収益が重要なホテルにとっては相性が良くない手法と感じております。74.1%の日本人顧客をメインに据えつつ、25.9%の外国人顧客をそつなくお迎えするくらいでいいのかなあと。
ま、価格施策についてもそうだし、インバウンドへの姿勢もそうだし、何事もやり過ぎは禁物だ。そういう無難でつまらん結論が出たところでこの話はおしまい。